2011年04月13日

ドッペルゲンガー:2

 世の中にこんだけコピー商品が出回ってりゃ、自分のコピーみたいなやつがいてもおかしくはないわな。そいつを受け入れるかどうかは自分次第なんだろう。気持ち悪いってのが当たり前の感覚だろうが。まぁ好きなように生きてくれよ。
 仕事用のデスクに戻りマウスを左右に動かす。スクリーンセーバーから作業画面が復活する。モニターにはミニチュアダックスフント「ラッキーくん」の血統書。雑種で噛み癖のある駄犬ラッキーくんがこの紙切れ一枚で由緒正しいプリンセスになれる。その種付け料でブリーダーは小遣いが稼げる。生まれた子供には当然正規の血統書がつく。その子犬を飼う人までもが幸せになる。それを考えるだけで偽造屋は幸せに浸ることが出来た。
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2010年12月15日

ドッペルゲンガー:1

 最初に「偽造屋のコピー」を見掛けたのは運び屋だった。犬の血統書を偽造するために使う紙とインクを仕入れに行った出先の地下駐車場で俺を見たと言う。時間は深夜2時17分。住居と兼ねているこの事務所からは30kmほど離れている。夢遊病でない限り俺は事務所のソファで眠りこけていた。仮に夢遊病だったとして眠ったまま30kmは歩けやしない。「人違いだろ?」とモニタを眺めながら呟くと、運び屋はハイエースのキーを応接テーブルに放り投げソファに寝転がった。
 「確かに暗がりの中だったけど、アイツは間違いなく偽造屋、お前だったよ。そうでなければ、あれはお前のドッペルゲンガーって訳だ」運び屋は喋り終えると「今、噂の」と付け加えながらワークパンツのサイドポケットから折りたたんだ紙切れを取り出した。「車載カメラからキャプチャーしてプリントしたんだ。見ろよ、お前だろ?」家庭用プリンターでコピー用紙に印刷されたそれには俺らしき人間が写っていた。地下駐車場の柱の影、「3A」と書かれたプレートの下でそいつが口元に少しの笑みを湛えこっちを見ている。Tシャツに黒のジャケットパンツ。黒いセルフレームの眼鏡に、腰からは先週買ったクロムハーツのチェーン。くそったれ、全く理解できないが、まんま昨日の俺じゃねえか。
 紙切れを突っ返すと運び屋は壁のコルクボードにそれをピンで貼り付けながら俺に聞いてきた。「今度コイツに会ったとき、なんか伝言ある?」
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2010年12月08日

都市伝説:5

 ついでに俺とそいつのことを知っている笹山も死ねばいい。そう思案すると先程まで頭の中に充満していたものがようやく消えていき、自然と口元に笑みがこぼれた。そんな藤田を見て笹山はより気分がほぐれ、「この不思議な出会いに乾杯!」とグラスを突き出してくる。藤田もそれに合わせて軽くグラスを合わした。テーブルの上では運ばれてから箸をつけられていない白身魚の天ぷらが黄色くなっている。
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2010年11月12日

都市伝説:4

 俺の名前は藤田真一。千葉県で生まれて大阪に転勤になった32才。男。妻子なし。広告会社の営業職について10年。どこにでもいるような男。どうしようもなく普通。目の前に座っている魚顔の男が俺に問いかける。あなたは誰ですか、と。私の名前は藤田真一です。しかしそう名乗る人間がもう一人いると言う。同じ顔で同じ声で同じ背格好で同じイントネーションで同じまばたきで同じ歯並びで同じネクタイのセンスで同じ同じ同じ同じ同じおなじおおなじなじなじ。
 笹山もまた混乱していた。自分の知っている男と同じ顔をした初対面の男が顔面蒼白で自分をチラチラと見ている。さっきまでと違う空気がテーブルに積もっている。「あの・・・」藤田が口を開いた。
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2010年10月21日

都市伝説:3

 藤田は照れたような笑いを表情に貼り付かせながら、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。ということはなんだ?俺と同じ顔、同じ声、同じ体つき、同じ髪型、当然同じ名前の人間がもう一人いるってわけか。そりゃ笹山の顔と名前を知らなくて当然だ。初対面なんだからな。笹山と懇意にしている俺のコピーみたいなやつはいったい誰だ。いや知らなくて当然だ。俺がそいつと会ったら、そいつが俺と会ったら、どんな顔をしてどんな顔をされるのだろうか。籐の腰掛けは今や完全に感触をなくしている。気分が悪い。盛り付けられた刺身が皿の上で踊りだした。藤田は完全にパニックだった。笹山が困っているフナのような顔で「藤田さん顔が真っ白だけど、大丈夫?」と声を掛けてきたが、照れたような笑いを維持することで精一杯だった。
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2010年10月19日

都市伝説:2

 奇妙なことになった。藤田は壁を背にしたテーブル席に座り、壁に貼られている定番メニューを眺めた。向かいに座った男は、そのフナのような顔をおしぼりで丁寧に拭き、耳の穴、首筋、シャツの襟元から手を突っ込んで両の腋を拭いた。細長く畳まれたおしぼりをテーブルの端に置き、フナ男はにこやかに藤田を見て言った。「藤田さんはどんな魚が好きですか?」

 フナ男の名前は『笹山』という。藤田にとっては初対面だが、笹山は藤田のことを知っている。自分の名前を知っているからには「人違いでした」ではなさそうだ。尻の座り心地がよろしくない。籐で編まれた腰掛なのにどこかグニャグニャとした感触。注文を取りにきた大将に今日のおすすめを訊きながら時折藤田に「鯨なんかいってみます?」などとふってくる笹山という名前らしい見知らぬ男。大将と入れ替わりにアルバイトらしいニキビ面の若い女がビールを二つ運んできた。
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2010年10月13日

都市伝説:1

 藤田真一が奇妙な男に声をかけられたのは大阪梅田の駅前歩道橋だった。

 夜8時、仕事帰り晩飯を何にしようかと考えながらストリートミュージシャンを眺めていた。JRに阪急、阪神、市営地下鉄と交通網が集約されているだけあって、帰宅ラッシュは電車の中だけでなくこの広い歩道橋の上でも展開されている。ミュージシャンはギターケースを広げたまま世界に溢れる愛についてしゃがれ声で歌っている。この世界でたった一人の自分とたった一人の彼女が世界のどこかで出会うそうだ。「いい歌だな」と思いながら歩き出そうとしたところに背後から声がした。

「どうも、藤田さん」

ビクッとした藤田が振り向くとそこには自分と同じようなスーツ姿の男がにこやかに立っている。
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2010年09月21日

ツイスター・ビーチにて:3

 さっきまで通貨偽造の話をサラリとしていた男が海の向こうを見つめながら僕に語りかける。違和感を感じる。で、「ツイスター・ビーチ」ってなんだ?勝手に呼ぶのは結構だが、まさか僕にまでそう呼べと強要するのだろうか。「へぇ」と適当に流しつつ僕も男と同じように海の向こうをなんとなく見つめてみた。

「もう2年以上この海眺めてるねん。毎日や。何も変わらへん。でもな、一年に1回くらいおもろいことが起きんねん。わかる?水難事故ちゃうで。そんなもんはしょっちゅうやし、おもろくもなんともないわな」

 おもしろいことって何だろう。男はニヤニヤしながら首をひねる僕を横目で見ている。面白いこと?クジラが浜辺に打ち上げられる?地元の祭り?それともモーゼのように海が割れる?どうやら僕は常識に囚われているのかあまり面白い発想が出来ないらしい。きっとツイストと何か関係があるのだろう。しばらく考えて男を見ると答えを言いたげな表情でウズウズしている。その犯罪者らしくない子供のような顔に僕は「降参です」と言った。
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2010年08月24日

ツイスター・ビーチにて:2

 着いた浜辺は観光客と地元の若者がまばらにいるくらいで閑散としていた。観光客らしい男が海で下手くそなサーフィンに興じている。青すぎる空と海の間を乾いた風が通り抜ける。男は観光客相手に広げている露店でビールを2つ買って、並べられたパラソルの下に座って「飲みや」とそのひとつを差し出した。僕は礼を言って受け取りその生ぬるいビールを口に含んだ。
 
 男の隣に座って顔をよく見ると妙な違和感があった。続きを読む
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2010年08月10日

ツイスター・ビーチにて:1

 僕が学生の頃、バックパック一つで海外を旅行することが流行ってね。ブームに踊らされたやつらは僅かな金を握り締めて、でっかいバックパック一つで東南アジアやらインドやらに出かけていったんだ。

 まぁ僕もそのクチでね。赤道の近くで太陽がギラギラと照りつける国に行ったんだ。初めての海外旅行だった。家族、親戚総出で反対されたんだけど、僕は熱病に掛かっていたんだろう。その反対を意気揚々と押しのけて飛行機に飛び乗った。もし君が海外に行ったことがないのなら、ツアー会社がやっているパック旅行でもいい、一度行くといいよ。きっと自分の中の世界が変わる。僕は変わったね。屋台で砂利の混ざったヌードルを食い、乞食に施しを求められ、虚ろな目の子供たちがゴミを引きずって歩いている。最初はガイドブックを見ながら有名な観光地や寺院を見て歩いたけど、7日目にはどうでもよくなった。大通りから路地裏をうろつきながら露店をのぞいたり同じようなバックパッカーたちとカタコトで喋ったりした。不思議と日本人に出会うことはなかったが、さびしかったり恋しかったりすることはなかった。
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